file

40代・未経験で
IT企業に飛び込んだ
ママ友の挑戦

ゆみさんとは、高層ビルにかこまれた都心に隠れる秘境みたいな、小さな公園で出会った。お互いの子どもがまだ幼く、おぼつかない足取りですべり台の階段をゆっくりと上ってはすべって下降。それを飽きもせず何度も繰り返すのに付き合っていたときからの、いわゆるママ友だ。

当時はまだゆみさんも私も専業主婦だった。特にその頃の私は田舎から上京してきたばかりで右も左もわからず、東京出身で年齢が一回り上のゆみさんは、そんな私にそれはもう、いろんなことを教えてくれた。

例えば、ベビーカーを押して子供連れで出かけるとき。困るのはいつも、改札やホームへの移動だ。エレベーターがわかりやすいところに設置されていれば良いけれど、見つからなければベビーカーと子どもと荷物を一人で抱えて、階段を上り降りすることになる。ところがゆみさん親子と出かけると、そんな不便を感じることがまるでなかった。なぜなら、主要な駅のどこにエレベーターが設置されているのか、ゆみさんの頭の中にインプットされているからだ。

他にも、メンバーは誰で、どこへ何時に集合して、出かけた先で何をして、お昼はどこで何を食べるといった段取りのほとんどを、ゆみさんがいつも完璧に仕切ってくれる。「私、こういうの全然苦じゃないのよね」というゆみさん。聞けば結婚前は旅行代理店の窓口で働いていたのだという。仕事ができる人とはこういう人のことを言うのかと、私はしみじみと感じた。

そんなゆみさんは、子どもが小学校に入学して半年ほど経った頃から、近所の税理士事務所でパートタイムの仕事を始めた。朝、子どもを送り出してから16時まで、週3日、事務仕事を手伝っているのだという。寝耳に水だったけれど、思い付いて、あっという間に実行してしまうところは、いかにもゆみさんらしかった。一方で私は、長男と3歳差で生まれた長女の子育てに、本格的に手がかかるようになっていた。お互いの家はそう遠くないものの学区域が異なり、子どもたちは別々の小学校に通っていた。そういった諸々の事情もあって、ゆみさんと会う機会は自然と少なくなっていった。

それから数年経ったある日、ゆみさんと近所でばったり再会した。

その頃、ちょうど私もフリーランスとして少しずつ、企業の広報サポートの仕事を請け負うようになっていた。高校を卒業してすぐに結婚し、専業主婦となっていた私は、生まれて初めて、働くことの楽しみを実感していた。やればすぐに成果が出るし、他人に褒められたり、認められたりする。仕事には子育てとはまた違う、刺激や世界の広がりがあった。けれども周囲には専業主婦のママ友も多かったため、子育てと仕事の両立が楽しくて仕方がないと、堂々と口に出すことがはばかられるような雰囲気があった。だから私は、ゆみさんと再会できて嬉しかったのだ。私より一足早く仕事を再会させたゆみさんとなら、きっとそれが分かち合えると思った。

ところが話し始めてすぐに、何か変だぞ、と感じた。ゆみさんが、あまり仕事の話をしたくなさそうなのだ。本人が話したくないのに根掘り葉掘り聞くのはどうかと思いつつ、タイミングを見て「仕事、あまり楽しくないの?」とさりげなく尋ねた。するとゆみさんは、どこか諦めたように笑いながら言った。

「まあ所詮、今の仕事はパートだから。楽しいとか楽しくないとか感じない。書類の整理やデータ入力など、小さな事務所で毎日誰にでもできるような仕事を淡々とやるだけよ。今は子育てを最優先にしたいし、仕事にそこまでのリソースが割けるわけじゃないからこれくらいで仕方ないのよ」

私はそれを聞いて驚いた。私の知っているゆみさんのさまざまな長所、優秀さが、そのときのゆみさんの職場ではどうも発揮されていないようだった。そればかりか、そんな充足感のない仕事によって、ゆみさんが本来持っていて当然の自信や自尊感情が、少しずつ奪われているようにさえ感じられた。

(本当にこれでいいのかな……?)

モヤモヤと心に割り切れないものがうずまく。そのときふと、私の脳裏にある友人の顔が浮かんだ。彼はそこそこの規模のIT企業の役員で、ゆみさんと会うほんの数日前に、秘書業務を担うアシスタントを探していると言っていた。採用条件は、ワードやエクセルがある程度使えること。基本的にはオフィスに出社してほしいけれど、都合が悪い日にはリモート勤務でも構わない、とも。

考えれば考えるほど、ゆみさんにピッタリの仕事に思えてくる。そこで私はすぐさま彼女に、こういう求人があるんだけど、転職しない? と打診してみたのだった。最初のうち、彼女はなかなか本気で取り合おうとしなかった。

「IT企業なんて、みんな若いんでしょ? 私にはとてもじゃないけど無理よ。私なんかもう40を超えてるのよ?」

そんな風に言うのだ。けれども何度か繰り返し打診するうちに、ゆみさんも少しずつ興味を持ち始めてくれたらしく、ついにあるとき、一緒にオフィス見学へ行くことになった。

都心の高層ビルの上層階。タブレットの設置された無人のエントランスから一歩足を踏み入れると、いかにも今風のIT企業たるスタイリッシュな空間が広がっていた。無数にパソコンの並ぶ執務室は、無機質さを中和させるたくさんの観葉植物で彩られていた。テーマ別に演出された、遊び心あふれる大小さまざまな会議室。ビーズクッションやハンモックの設置されたカジュアルなコミュニケーションスペース。それら一つ一つにゆみさんは「信じられない! ここホントに職場なの?」と目を丸くして驚く。

一通り見学を終えて、若い社員が数人、談笑している様子を眺めながら、ゆみさんが小さな声で独り言のように呟いた。

「私、こんなところで働けるかな……」
「ゆみさん優秀だもん。絶対大丈夫だよ」

私は、間髪入れずに答えた。根拠はなかったが、強い確信はあった。

ほどなくしてゆみさんは、紹介した会社に転職した。最初の1〜2カ月間、ゆみさんの顔には戸惑いの表情が滲んでいた。パソコン作業に慣れているとはいっても、初めて使うコミュニケーションツールや、耳慣れないカタカナ語ばかりが飛び交う目新しい環境だ。同僚も年下ばかりだといい、「いい年してこんなこともわかんないのかって、呆れられてるかも」なんて、苦笑いしながら漏らすこともあった。

けれどもさすがはゆみさん、そんな時期を決して長く続けることはなかった。あっという間に仕事を覚え、職場に欠かせない存在になった。会うたびに確実に顔が晴れやかになっていき、彼女の口から、職場で新しくできた年下の友人たちの名前が聞かれる機会も増えていったのだ。彼女の上司となった友人もゆみさんの能力を高く評価し、すっかり大きな信頼を寄せている。

そんな経緯を経て今のゆみさんは、久しぶりに再会したあの日とは比べものにならないほど、仕事についてよく話すようになった。楽しみも、大変さも、そのどちらも共に生き生きと。

ゆみさんを見ていると、つくづく思う。正社員であろうと、アルバイトやパートタイマーであろうと、誰にとっても仕事とは、自分の人生の限られたリソースを少なからず集中的に注ぐ重要な要素なのだ。だからこそ、その行為にまったく価値を認められないまま続けることは、ある面ではその間の自分の価値を、自分自身で損ない続けていることにも等しいといえるのではないだろうか。

その仕事をやる自分に、少しでも価値があると思えること。
その仕事をやる自分が、少しでも好きになれること。

このことは、さまざまな制約で必ずしも仕事探しが容易でないワーキングマザーにとって、ものすごく大事なこと。優先順位を下げすぎてはいけないことなのだろうと、私は思うのだ。