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「とりあえず就職」
に流されず、
身の丈に合った
暮らしを選んだ親友

中学校でとなりのクラスだったミユは、いつも学級委員長だった。

成績優秀で笑顔の優しい彼女は、みんなに慕われながらも決まった友人とつるまずに、たいてい一人でいるか、転校生やいじめられっ子と一緒に過ごしていた。

ボーイッシュで小ざっぱりとした見目は攻撃的でも派手でもない。それでも、まっすぐ伸びた背筋でゆったりと廊下を歩く様は、ヤンキーよりも堂々として、可愛らしく着飾り始めた同級生の女の子たちよりも、私には輝いて見えた。誰にも媚びない、孤高の人。

だから、彼女と同じ高校の同じクラスになったときは、吸い寄せられるようにそばにいって、たずねた。

「なぜ、いつも1人でいたの? 輪からはみ出した人たちと一緒にいたのはなぜ?」

ミユは笑ってさらりと言った。

「ふつうに寂しかったんだと思う。誰とも分かり合えずに輪の中にいるよりは、誰かの助けになりたいなって。助けなんて大げさだけど、せめて癒しとかね。まぁ、私のエゴかもしれないけど......」

15歳でそんな風に客観的に自分を分析して、何にも流されない価値観を持っているミユに、ますます強く惹かれた。「生まれて初めて同じ言葉で語れる人と出会えた気がする」というとミユは、こじれた自我を抱えて殻に閉じこもっていた私を受け入れてくれた。

私たちは最も心揺れやすい時期に意気投合して、支え合い、たくさんの輝ける無駄な時間をともに過ごしてきた。ミユは、高校でもみんなの人気者だったけれど、実は心のうちは孤独で複雑な自意識に苛まれていることも、私にだけは打ち明けてくれた。ミユの親友であることは私の救いであり、誇りだった。

「ねぇ、進路はどうしようか?」

高3の春。受験や就職戦線にとっくに本気モードの同級生たちにだいぶ遅れて、私たちはその先の未来にぼんやりと思いをはせた。

「全然、わからないなぁ。やりたい仕事も、夢とかもないもんね」

ひたすら恋と友情にうつつを抜かしていた私たちには、やりたい仕事やなりたい職業なんてなかった。ただ、「どうやってまともな大人になり、この世を生き抜いていけばいいのか?」を懸命に模索していたのだ。

結局、答えは保留として、二人とも東京の別々の大学に進学を果たし、一緒にたくさんのバイトを経験した。

お弁当屋、居酒屋、日雇いのイベントコンパニオン......

色々な習い事にも行った。

アロマテラピー、マッサージ、気功、ジャズダンス......

興味のあることは勢いに任せて、2人で何でも経験した。

やがて、決断の時。大学を経て、どの道を選ぶか。

当時の就職戦場はバブルが弾けて数年後の焼け野原。"普通に就職"とか"普通に結婚"という価値観が崩れ始めた始まりの時期だ。私はまた答えを先延ばして海外に留学することにしたが、ミユは「東京の水は肌が荒れるから」と冗談みたいな理由を口にして、あっさり地元に戻り、英会話スクールでアルバイトを始めた。

「ホントは私も海外に行きかったの。でも、もう自立したかった。大学出てもまだ猶予が欲しいなら、自力でお金を貯めないとなって。そのためにも、バイト。英会話スクールなら、英語も学べるし、一挙両得じゃない?」

それなりに良い大学を出たのにバイトでいいの?とつっこみつつも、親のお金で留学する私に対し、自立の道を選び、「とりあえず就職」という世間の価値観に流されなかった彼女に改めて尊敬の念を感じていた。

しかし、その後もミユは海外に行くことはなく、いくつかのバイトを転々として、28歳で初めて、正規雇用でホテルウーマンになった。

「1度くらいは会社に縛られて社会勉強するのもいいかなって。サービス業も向いてると思うしね」

相変わらず、どこか冷めた理由を口にするミユを前に、「能力も魅力もある人なのに、それを仕事で活かせないのは勿体無い」と思った私は、おせっかいにも、1度、真剣に訴えたことがある。

「職業なんて何でもいいけれど、もっと自分の魂が震えるような仕事を探したら? 個性や能力を活かせて、生涯のライフワークになりえるような。今のミユは、諦めているようにしか見えない」

振り返れば、ひどく傲慢なことを言ってしまった。それにもかかわらず、ミユは穏やかに言った。

「高校の時と一緒だよ。私は仕事に夢は見ていないし、それが全てでもない。でも、人生や自分に希望は持っているし、仕事をすることで、その時々の現実を生きるのに必要なものは得ていると思う。お金だったり、小さな喜びや学びだったり。だからね、自分の毎日や才能を無駄にしているとは思わない」

ミユはさらに続ける。

「私は、自分の身の丈を知っているの。身の丈っていうと諦めているように受け取る人もいるかもしれないけれど。私にとっては、今の自分の心地よさをはかる尺度なんだよね。なりたい職業につかずとも、毎日には生きるべき何かがあって。仕事もプライベートもマイペースにそれを慈しんでいければいいなって思っている」

彼女の透徹とした信念を前に、もう言葉が出なかった。以来、彼女の仕事について、私が口を挟んだことはない。

その後、結婚や出産を経て、人生の場面に合わせてミユは職を転々としていった。子育てや家庭を軸にしていた、彼女の30代のキャリアはほとんど生きるための手段だったのかもしれない。

数年前、子育てが落ち着きはじめ、40代になったミユは久々にフルタイムの仕事に就いた。薬局の事務だ。そこはちょっと変わった薬局で、東洋医学や自然療法などを取り入れ、店員が顧客にカウンセリングやアドバイスを行っている。地元の人はもちろん、近頃では、外国人観光客にも人気が出てきた店だった。

ミユの担当は医療事務だけれど、彼女がこれまで経験してきた仕事や学びが、次々と活かされる職場だった。ホテルで身につけた接客業はもちろん、個人的興味で学びを深め続けていたアロマセラピーやツボ療法、いざという時のために資格を取っておいた医療事務。最初の職場で身につけた英会話も観光客とコミュニケーションを取るのに役立っているという。

まるでドラマの伏線を回収するように、今までの仕事や人生の経験が繋がって、生かされていた。たとえ、"夢の仕事" ではなくとも、その時々の自分の人生とまっすぐに向き合って、切実に取り組んできた仕事は、必ずやどこかで糧になるのだ。

「まだ、これからが本番だよね。40年ちょっと生きてきて確信できたのは、やっぱり、私は人の助けになりたいんだってことくらいだもん。まぁ、エゴかもしれないけどさ。どんな風に、私なりにより深く誰かの助けになれるのかを、働きながら考えたい」

締め切りが続いて、ヘトヘトの朝。久々に地元に帰る新幹線に乗って、その足でミユの薬局へと顔を出す。私のくたびれた笑顔を見て、ミユは可笑しそうに笑う。

「寝てないでしょ。とりあえず、これ飲んで家帰って昼寝しなよ」

甘くていい匂いの飲み物を差し出してくれた。いつだって、ミユは私を優しくほぐしてくれる。

「エルダーフラワーのハーブコーディアル。体にいいハーブの力もあるけど、お砂糖もたっぷり入ってるよ。ちまたでは、糖質オフダイエットが流行っているけど、糖分だって無駄じゃない、必要な栄養なんだから」

そうか、人生にはお砂糖みたいな無駄が必要なのか。あの頃、一緒にたくさんの無駄な時間を過ごしてきたからこそ、いまの私たちがいる。まともな大人になれたかはわからないけれど、この先も仕事を続けたいし、人生はそんなに悪くない。

その人となりや人生の価値を決めるのは、どんな職種についているかではなくて、どれだけ自分の人生を生きているか。その時々と真剣に向き合い、置かれた場で真摯に働いているかなのだ。それを教えてくれたミユは、昔も今も私にとって"救いの人"である。