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働く父の背中が
教えてくれたのは、
向き合うことの大切さだった

朝、顔を洗ってふと鏡を見ると、懐かしくなるときがある。

「また少し、似てきたのかもしれないな」と独り言を呟きながら、タオルで水滴を拭った。

毎日見る鏡の中の僕は、いつもと変わらない。冷たい水でいくらか引き締まった顔は、やる気と精一杯の笑顔と少し疲れた顔を足して一つにしたような表情をしている。

子どもたちが「おはよー」「パパー! あさごはんー!」とベッドから起きてきて、慌てて笑顔になる。今日も一日が始まろうとしている。

僕が小学生のころ、父は朝5時に家を出て深夜に帰宅するような仕事をしていた。

職業はタクシードライバー。

その頃の記憶は、スーツみたいな制服を着て家を出て、休日は週に1度あるか、もしくは月に2度ほどしかない。家事はもちろん母が全てをこなし、共働きにもかかわらず、学校の行事も母しか来なかったと思う。

ほとんど家にいなかった父。

それでも、父の制服姿を見るのが好きで、毎日早起きをしていた。パジャマ姿のままリビングに行き、制服を着た父の横で麦茶を飲む。

「早起きしてえらいな。父さん行ってくるよ」

頭をなでながら、さっと靴を履き、手を振って家を出る。何故だか分からないが、玄関で父を見送った日はいいことがある気がした。

中学生になる前、父はタクシードライバーを辞め、長距離トラックの運転手をしていた。

大人になってから知ったのだが、タクシー会社で給料の未払いや遅延が続き、そのことを数人で経営陣に問い詰めたところ、数日後に業績不振を理由にリストラされたらしい。

僕の上にいた姉たちは、両親がこつこつ貯めたお金で高校や大学に進学できたけれど、僕も含めればもっとお金がかかることは想像できた。

父は、自分の体力や車の運転技術を最大限発揮でき、給与がたくさん貰えるトラック運転手にジョブチェンジした。さらに休日も別の仕事を入れ、フォークリフトも運転していたようだ。いつも疲れた顔をして帰ってくる。

毎日よく働き、よく煙草を吸ってお酒を飲み、よく笑う父だった。長距離運転が終わり、休みが続いた日はよく公園で遊んでくれた。

「お前は将来、何になりたいんだ?」

ときどき思い出すように、僕や姉たちに聞いていた。

「僕はお父さんみたいな運転手になりたい」

特になりたかった職業もイメージできず、身近な存在の父に憧れていたのか、もしかしたら父に喜んでもらいたい、褒められたい末っ子の性格でそんなことを言ったのかもしれない。

父は真剣な顔をして返事をする。

「運転手になりたいなら、まずは運転免許を取らないとな。それに車も必要だ。お金はかかるが、いまから準備するとしよう。大丈夫だ。なんとかなる」

父は職場でも責任感が強く、よく同僚が休んだときのピンチヒッターで出勤していた。きっと家族のために、自らを犠牲にして働いていたのではないか。

そんなある日、父は早く帰ってきてこう言った。

「もう車は運転できない。ごめんな、こんなお父さんで」

ベランダで煙草を吸いながら、ビールを飲む父の背中が見える。

母が言うには左目の白内障が進行し、車の運転に支障が出ていたようだった。

仕事のミスは謝れば済む。しかし、車や大型トラックで事故を起こしてしまっては、どうしようもない。

手術をすることで治るかも知れないが、どうなるか分からない。

運転しなければ命に関わることでもないし、そのまま様子をみることもできるからと励ましてくれたが、ベランダからなかなか戻ってこない父を見ていると、少し泣きそうになった。

父の背中に送っていた視線が届いたのか、振り返って手招きをした。

「ちょっとベランダにこないか」

そう言いながら、短くなった煙草の吸い殻をそっと灰皿へ突っ込んだ。

「一緒にドライブ行けなくてごめんな」

珍しく父が弱気だった。肩を落とし、背中を丸めている。

いつも全ての行動が正しく、時間に厳しくて、間違ったことをすると怒り、腕相撲はいつまでたっても勝てず、何でもできる強い父が、子どもの自分に謝る姿はそれこそ初めて見たかもしれない。

プライドが高く、母と夫婦喧嘩をしても決して謝らない。いつも堂々として強さしかない。

そんな父が、ベランダの手すりに寄りかかり俯いている。

「来週から引っ越しの手伝いと、配送の仕分け作業をしようかと思う」

毎日車のハンドルを握り、カーナビが無くても標識を見ながら運転できる憧れの存在だった。車を運転しない父が想像できないが、それでも強いと思った。

ふと、あの言葉を思い出す。

背中を丸めたままの父の隣で、目線を合わさずに答えだけを呟いた。

「僕はお父さんみたいに強くなりたい。何でもできる人になりたい」

働くということ、家族を養うということは、そんなに簡単ではない。でも、できないこともないと父は教えてくれたんだと思う。

強い父でありながら、子どもに弱さをみせたのは、一人の人間として「現実と向き合うことの大切さ」を僕に伝えたかったのかも知れない。どんな時も必死になって働き、いつも厳しく接してくれた父のメッセージは、僕が家族を持って父親になった時、初めて心に響いた。

子どもが増えて生活が苦しくなったとき、僕は仕事をいくつも掛け持ちしてなんとか乗り越えた。妻には少しだけ自分の弱さを見せ、休みなく働くことに協力してもらうことで、仕事に集中することができた。

家族の笑顔と、生活を守らなくてはいけない責任の間で、とにかく前を向くことしか考えなかったのは、作業服を着て毎日働く父の存在があったからだ。

大人になって結婚し、子ども4人の親になったいま、鏡を見るたびに父親の顔に似てきたな、と思うことが増えた。

あの日、子どもだった僕が父に伝えた言葉どおり、僕は強い大人になれたのだろうか。