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新米ママと
ビジネスウーマンの顔
友人が時短勤務で働く理由

友里奈さん(仮名)との出会いは10年以上前。都内の薄暗いライブハウスで、とあるバンドの演奏に激しく体を揺らし、音楽を楽しむ姿を見た時だった。小柄で控えめな顔立ちにバッチリとしたつけまつげが似合う美人。

彼女からライブ後、声をかけられた。少し話してみると同い年の大学3年生で、就活中であることが判明。そこから一緒にお酒を飲む仲になるまではあっという間だった。

現在、友里奈さんは31歳。28歳で結婚し、2歳4カ月の子どもを育てながら金融関係の事務職で時短勤務をしている。

2008年の秋、リーマンショックが世界経済を襲った。それまでは買い手市場で有利だった就職戦線が、就活生にとって一気に厳しい状態に追い込まれる。それなりの偏差値の大学に在籍していた私は、前年に就活を経験した先輩から「大学名さえ書いときゃなんとかなるよ」と言われたのを真に受け、就活をかなりなめていた。しかし、どんなにエントリーシートを書いても、説明会や面接で積極性をアピールしても、なかなか最終面接までたどり着けない。

それは友里奈さんも同じだった。彼女も私と同じくらいの有名大学に在籍していたが、内定という言葉は幻なんじゃないかと思うようになり始めた。日々面接で自己否定をされている気分になり、あまりのストレスに就活期間中の記憶が一部抜け落ちたという。

私自身は大学時代、書く仕事に興味を持って編集プロダクションに近い小さな出版社でアルバイトをしていた。けれどもとにかく激務で、この仕事で正社員になったら自分の時間が取れないと悟った。何より、趣味であるライブに行けない。そのため自分のプライベートを優先して、就活で出版社は一社も受けなかった。その後、一度は建設会社の事務職に就職したものの、巡りに巡って、今はフリーランスで執筆業を生業にしている。

友里奈さんも好きなバンドのライブに行けるよう、プライベートを優先できる就職先として、金融関係の一般職を希望していた。企業の募集要項で最初にチェックするのは、福利厚生の手厚さ。希望した日に有給が取れるのか、産休や育休の取得率は高いのか、離職率はどのくらいか。幸い、実家暮らしのため、そこまで高収入でなくても暮らしていける算段はあったようだ。

彼女は同時に、自分にはどんな仕事内容が向いているのか自己分析を始めていた。もともと、無駄なモノを持ち歩くことが嫌いな性格で、彼女のカバンや化粧ポーチの中身はいつも綺麗に整理されていた。以前、彼女の誕生日にハンドタオルをプレゼントしたが、おまけで付いてきたノベルティのポーチの方に喜んでくれた覚えがある。それほど、モノを用途別に分けて整理することが好きなのだ。

「昔から、地道にコツコツやる作業が好きなんだよね。整理整頓は趣味で、ストレス解消なのかも。そう言えば、学生時代のバイト中にレジ周りを片付けて閉店後の作業を効率化できるようにしたら、社員さんに褒められたの。それまで、整理整頓は自分が快適に過ごすための手段だったから、誰かの役に立てたことがうれしかった」

友里奈さんは自身の「整理整頓癖」について、そう振り返る。癖に気づいてからは、面接で積極的に整理整頓が得意であることをアピール。企業によっては、同じ種類の図形を選んだり物事の統一性を見つけ出したりするテストを出題し、地道な処理業務に向いているかどうかを判別する筆記試験がある。彼女はそんな試験も悩むことなくできたそうだ。

そうして、とある金融会社の内定を得た。

就職してから約3年後に出産。子どもができてからというもの、友里奈さんの働き方は一変した。

通勤にかかる往復2時間と、保育園への送迎や家事育児にかかる時間を逆算すると、フルタイム勤務は厳しい。そこで彼女は時短勤務を選択。その結果、子どもの食事を作る時間ができ、自分の睡眠時間を犠牲にすることなく仕事と家事育児を両立できるようになった。

一方で、時短勤務ならではの悩みもあった。フルタイムの社員よりも時間が限られている分、その時間内で最大限のパフォーマンスを求められる。事務職は自分で仕事の量を調整しづらく、依頼が来たものは必ず期日までに完了しないといけない。そのためToDoリストを作ったり、「これ、終わらないかも」と予想できる場合は早めに同僚に相談したりすることで、効率的に仕事に取り組んだ。

学生時代から彼女のことは知っているが、特別「子どもが好き!」という印象を受けたことはない。出産後も定期的に彼女に会い、気晴らしにベビーカー入店OKのイタリアンレストランでランチを食べたり、母乳が必要なくなってからは好きなお酒を飲んだり。良い意味で適当な育児を行っているように思えた。

これが、「子どものために一心不乱に頑張らなければ!」という性格のお母さんだと、精神を病んでしまったのではないだろうか。

「働きながら育児をするのは大変じゃない?」

食事をしながらふと問いかけたことがある。彼女はあっさりとした表情でこう答えた。

「仕事をしているから育児がつらいと感じることはないかな。一日中子どもと一緒にいる専業主婦の方がずっと大変だと思う。私はある意味、仕事に集中できる時間があるからバランスを保てているのかも」

子どもの肌荒れや鼻水が気になるとき、すぐに病院に連れていってあげられず、後ろ髪をひかれながら保育園に預けることもあるそう。それでも彼女が働くのは、収入を得られるだけでなく、仕事が大切な息抜きの時間にもなっているからなのだろう。

友里奈さんと私は友達だが、働き方も性格も全く違う。彼女は「この日は休み」という決められた休日が設けられている。一方でフリーランスのライターとして働く私は、仕事がない日が休みだ。仕事のオンとオフの差をつけづらく、1日16時間くらい仕事をしたり、週刊誌の入稿では徹夜もあったりする。

そんな働き方を続けていたある日、私は過労で倒れて精神科を受診した。それからは、友里奈さんから教わった「仕事と生活のバランス」を意識するようになった。月の始めになったらスケジュール帳に大きく赤ペンで「休」と書き込む日を4〜5日つくり、その日はよほどのことがない限り取材を入れないよう心がけている。

まだ日程は決めていないが、近々また彼女とランチをする予定だ。会っても彼女の口から仕事の話や愚痴がこぼれることはほとんどない。だらだらと中身のない雑談を続けていて、それが楽しい。

一方私は、彼女に会うたびに、仕事や恋愛についての近況を報告している。芸能人を取材することもあるので、彼女にとって私の仕事は「未知の世界の話」だとは思うが、私にとっては彼女の働き方、そして家事育児が未知の世界であり、それをこなせる自信がない。

彼女の夫は二人目を希望しているという。そうなると、また保育園を探したり育休を取ったりと、友里奈さんの生活は一変するだろう。大変そうだと一瞬心配になったが、壁にぶつかりつつも、整理整頓癖とあっさりとした性格で乗り越えていけるのではないかと思った。

私はありがたいことに2冊目の本の評判が良く、取材を受けたりラジオやイベントへの出演依頼、出版社数社から次の本のテーマを相談していただくことが増えた。

日々仕事に追われているが、私は今の生き方が好きだ。けれど、いつまでこの働き方を続けていこうかと悩む日もある。今年で32歳を迎える。体力的な問題も生じる年代だろう。そろそろ、私も彼女のように仕事のオンとオフをさらにつけていこうと、ベランダで朝日を全身に浴びて熱いコーヒーを飲んだ。