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家族を守るために妥協した父が
「人生で後悔したことがない」と
言い切る理由

私の父は、よく自分語りをする人だ。

「バンドを始めた高校生の頃、腕に自分でタトゥーを入れた」

「親が大学行けってうるさいから入学したけど、興味なかったから1カ月で退学した」

「社長と喧嘩して腹が立ったから会社を辞めてやった」

挙げればキリがない。いかに若い頃破天荒だったか、いかにやりたいことをやってきたかを、散々聞かされて私は育った。

インターネット黎明期であった90年代後半、グラフィックデザイナーとして3年間勤めた広告代理店を辞めて、独学でWebデザインを習得し、Web制作会社を立ち上げた父。数年間、経営者として働き、その後Webデザイナーとして独立して、「ノマドワーカー」という言葉が広まる数年前からノマドワークを実践していた。さらに、都会でサラリーマンとして消耗するよりも、フリーランスでほどほどの収入を得ながら田舎でのんびり暮らしたいと、家族で田舎に移住した。

これらの自慢話をしたあと、父は必ずこう言う。

「昔からよく言われるんだ。お前はいつも早すぎて時代が追いついてないって」

そんな自称「早すぎる男」の父の教えは、主に「やりたいことをやりなさい」「人生は一度きりだから、後悔しないように好きなことを仕事にしなさい」というものだった。今ならどこかのYouTuberやインフルエンサーの言葉みたいだが、まだSNSという概念すらなかった頃から言っていた。

幼い頃は、ただのやたら自慢話をする人だと思っていた。思春期には父のことがウザくて仕方がなかった。それでも、父の行動力や先見性、自分の人生に妥協しない生き方、仕事に対する真面目な姿勢などは、一貫して尊敬できた。父のような生き方、働き方がしたいとも思ってきた。

私が高校生の頃だ。家から高校までが遠く、電車もないような田舎だったので、毎日父に車で送り迎えをしてもらっていた。その3年間で1日だけ、忘れられない日がある。

高校2年のある日、学校が終わっていつものように助手席に乗ると、父は車を走らせてこう切り出した。

「父さん、会社員になるかもしれない」

当時父はフリーランスのWebデザイナーとして働いていたが、友人が経営するWeb制作会社の地方支社に入らないかと誘われたのだという。人の下に立つのも人の上に立つのも性に合わないからと、組織に属すことを嫌っていたはずの父が、再び企業で働こうとしていることに私は驚いた。

「いいの?」と聞くと、父はため息まじりに言った。

「まあ、その方が収入は安定するし、家族を養っていかないといけないからね」

その時、初めて父が信念を曲げた姿を見た気がして、無性に悲しくなった。それが堅実な選択であることはわかっていた。家族が生活に困るようなことはなかったものの、決して高収入ではなかったし、私は東京の大学への進学を希望していて、弟もまだ中学生だった。

仕方のないこと。仕方のないことなのだ。そう言い聞かせてもやっぱり、父が自分の人生に妥協せざるを得ない現実なんて見たくなかった。

私は「ふうん」と何ともないフリをして、それ以上は何も言わなかった。本当は自分でも意外なほど悲しくて、涙を髪で隠すようにうつむいた私を、夕焼けが容赦なく照らしていた。

今思えば、大袈裟だったかもしれない。現在も、父はその会社に所属してWebデザインの仕事を続けている。人間関係のストレスは増えたようで、よく部下の愚痴をこぼすようになったものの、決して「辞めたい」「あのときのオファーを断っておけばよかった」などとは言わない。なんだかんだ折り合いをつけてやっているのだと思う。余暇には自然に触れてリフレッシュするなど、相変わらず田舎でのスローライフも謳歌している。

私も大人になり、将来について悩むようになってからは、昔と違って自慢ばかりでない仕事の話をしてくれるようになった。

私が人と話すのが苦手だと言えば「父さんもプレゼンが苦手で死ぬほど緊張する」と言い、安定した収入がないと不安だから就職したいと言えば「それもわかる。周りのバンド仲間はフリーターが多かったけど、父さんも実はそういう働き方がめちゃくちゃ不安だったから、新卒で就職した。意外と可愛いところあるでしょ?」と笑った。父は新卒で入った会社をすぐに辞めたわけではなく、妥協点を探したものの上手く行かず、一度転職した末に起業に至ったという経緯を初めて知った。

好きな仕事をしていても、嫌いなこともやらなければいけないのは当然だし、家庭があればなおさらだろう。子供の頃はいつも自信満々でやりたいようにやっているように見えた父も、やりたいことだけをやって生きてきたわけではなく、様々な挫折や苦難を乗り越え、覚悟と責任を背負い、時には妥協もしてきたのだと今ならわかる。

それでも父は「人生で後悔したことがない」と言い切る。デザインという好きな仕事に没頭する父の背中を見ていた子供の頃は、父の教え通り好きなことを仕事にすべきだと思っていたが、今はそれほど重要だとは思わない。好きというだけで安易に仕事を選べば、後悔する可能性も十分ある。

父が後悔しないのは、常に自分の人生に真摯に向き合い、熟考し、最善の選択を重ねてきたからなのではないかと思う。いつでも最善を尽くしてきたから、どんな結果になっても受け入れられるのではないか。

私が父から学んだのは、いわゆる「好きを仕事にする」有意義さよりも、後悔しない生き方だった。

あの日父と見た美しい夕焼けを思い出しながら、私は今日も働いている。どんな仕事をしていても、後悔のない人生を歩むことはできるはずだと信じて。