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私の夫は、
ちゃんと「わがまま」に働き、
生きている。

5月1日に結婚をした。出会ってまだ、1年も満たない人と。

出会ってすぐに恋人になり、恋人になってすぐに同棲をはじめ、同棲をはじめてすぐに婚約をした。我ながら、スピード婚だった、と思う。

結婚することに決めた理由はいろいろあるのだけれど、一番は、「この人と一緒にいたら、一生飽きなさそう」と思えたからだった。

夏が本格的にはじまる少し前、まだ梅雨の名残がある日だったと記憶している。神保町のカレー屋さんで、ほぼ初対面の彼のこれまでの人生の話を聞きながら、私はまだ付き合ってもいないのに、ぼんやりとそう思っていた。

「高校を卒業して、そのままイタリアンレストランを開業したんだよね」と、まるで「カレーが辛いからお水ください」と言うかのような軽い口調で、彼は話しはじめた。

高校を卒業して大学に行き、そのまま就職するといった、いわゆる「世間一般の王道レール」を一直線に進んでいた私にとっては、ツッコミどころが満載で、口をあんぐりしていたにも関わらず。

よくよく聞いてみると、大学受験に失敗した彼は、そのまま一浪までして大学に行く意味を見い出せず、かといって、進学校を出たのにフリーターになることも当時の彼のプライド的に許すことができず、高校卒業後は実家でダラダラと暮らしていたそうだ。

ただ、そんな生活も束の間、痺れを切らしたお母さんが「勉強もしないし、働きもしないなら出ていきなさい」と家を追い出し、彼は路頭に迷うことになった。

「お金が必要」という現実に直面したら、多くの人は「とにかく自分で稼がなきゃ」という思考回路になるんじゃないかな、と思う。少なくても、私はそうなる。けれど、彼は「フリーターになってまで働きたくない。でもお金は必要。それなら、まずはお金を借りればいいんだ!」という考えに至る。

「お金を借りるなら銀行でしょ」という安直な考えから、彼は銀行へと足を運んだ。もちろん何の資格も持たない高校上がりの18歳が相手にしてもらえるはずもなかったが、なんと一度では諦めず、そこから銀行に通い続けたというのだ。

そうして通っているうちに、彼は銀行員のおじさんと仲良くなる。

「お金を借りたいんだったら、起業でもしなきゃダメだよ」

「じゃあ、起業の仕方を教えてください!」

......ということで(ツッコミどころ満載ですよね?)、「日本政策金融公庫」という、事業をはじめる人を支援する場所を教えてもらい、彼はそこで事業計画書の書き方を学んだ。まあいろいろあって、結局そこからはお金を借りられなかったらしいのだけれど、なんとかお金を別のところから借りることに成功した。

そうやって、高卒の彼は、イタリアンレストランを地元・札幌でオープンした。

フリーターになりたくない→お金を借りよう→起業をせざるを得ない、という流れで、彼は結果的に働くことになるのだけれど、レストランの経営をはじめてから、彼は「仕事」に対する思いがだんだんと芽生えていく。

前提として、彼は借金していることもあり、「どうにかちゃんとレストランを経営しなくては」という焦りがあった。その焦りとは裏腹に、日を追うごとに溶けていく資金、一向に増えない客......。生きるためには、飲食経営でやりくりできる状態を作らなくてはいけない。

そこで彼は重い腰を上げ、経営の勉強をはじめた。ドラッカーのマネジメントから、経営やマーケティングの本。世の中にある、ありとあらゆるビジネス本を読み漁り、勉強した。

もともと彼は、学校での「やらされる勉強」が好きではなかったそうだ。テストでいい点数を取っても、自分の人生がいい方向に進んだという実感を感じたことがなかったから。いわば、学ぶことによる成功体験がなかったから。

ただ、経営においては違った。いろんな過去の偉人が考えたフレームワークを真似してみると、成功する場合と成功しない場合がある。それはなぜなのか。自分だったらどうオリジナリティを加えるか。そうやって立てた仮説が当たり、成果に直結したときの快感──彼は自分のお店を経営してみてはじめて、学んだことや自分の思考が「結果」として跳ね返ってくる楽しさを知った。「働くことって楽しいんだ」、心からそう思ったのだという。

そうしてイタリアンを経営しはじめて2年ほど経ったころ、彼はSNSで知り合った東京のIT企業の関係者から、「学生起業家を輩出するためのビジネスコンテストに出てみないか」と誘われた。彼は学生ではなかったけれど、その経歴をおもしろがられ、声がかかったのだ。

学生起業家輩出ビジコン──優勝者にはその企業が出資して、実際に起業できる可能性があるコンテスト。東京に行ったことがなかった彼は、「無料で東京に行ける!」という喜びと好奇心から、その誘いに乗ることにした。

20人が参加したそのビジコンの中で、なんと彼は優勝をする。「もっとすごい人はたくさんいたけど、アイデアと運と本番には強かった」という彼は、そのIT企業からの出資を受け、新しく会社を立ち上げることになる。

レストランを経営しているうちに、さまざまな起業家・実業家の情報を得るようになった彼は、ITに対する並々ならぬ興味を持っていた。だから、IT事業で起業できるとわかった瞬間、悩まずに上京することを決める。

そうして彼は、イタリアンレストランを他の人に譲渡し、一転して六本木にあるIT企業の子会社社長となった。まるでシンデレラストーリーだ。

けれど、現実はそう甘くはなかった。その事業はうまくいかず、1年で解散。そのままスルリと、そのIT企業の本社に、彼は正社員として入社することになった。

こうして彼は流れるように「会社員」になったわけだけれど、会社員生活をしていたときに感じたことは、「この人たちと同じ土俵で戦っても、一生勝てる気がしない」という気持ちだったという。

周りの人たちが優秀すぎる。「会社員」として競争をしたくない。ここにいても自分の居場所を感じられない。もちろん、尊敬する先輩はいたし、そこで得られる学びは大きかったそうだけれど、前述のような気持ちの表れなのだろうか。彼の体には、蕁麻疹が出るようになってしまった。

自分はこの場所では生きていけない。じゃあ、何だったら自分らしく、この社会の中で生きていけるのか?

内省に内省を重ねた末、彼は3度目の起業をすることを決意した。自分の好きな人たちと向き合い続ける、コンサルティングを生業とする企業である。

そうして、夫は2度の起業、1度の会社員生活を経て、今、3社目となる会社を経営している。

一見すると、夫の行動や思考回路は「ぶっとんでいる」ように思えるかもしれない。けれど、こうやって書いてみると、彼は純粋に「自分の気持ちに正直に生きている」だけなのかもしれないな、と思った。

大学へ行く理由がわからないから、行かない。フリーターになりたくないから、その方法では働かない。起業してみたいから、起業する。経営のための勉強が楽しいから、勉強する。東京に行きたいから、行く。競争したくないからしない。好きな人と仕事がしたいから、する──。

彼の行動原理は、実は、いつだってシンプルなのだ。いつも彼は、「自分の気持ち」が行動する前にある。その気持ちに正直であるための手段として、起業や上京という行動があるだけだ。そして、その「気持ち」が産んだ行動の結果として、「働く楽しさ」という感情に出会う。

「こうあるべき」「こうしなきゃ」がたくさん潜んでいる社会では、どうしても、自分の気持ちを最優先することは難しい。しばしば、「学校に行くこと」や、「会社に就職すること」「安定的に働くこと」を目的としてしまい、私たちは知らず知らずのうちに、感情に蓋をしながら、毎日を乗り過ごす。

そんな中で、夫はちゃんと、わがままに生き、働いている。自分の持つ違和感に、感情に、正直に生きている。私が彼に対して「一生飽きない」と感じた部分は、彼の、そういう「わがまま」な部分に対してなのかもしれないな、とふと思う。

わがままに生きることをサボらない人は、ときにめんどくさくなるほど「自分の納得感」を大事にする。ときにはめんどくさくなるほど「本質」を見極めようとする。だから、彼はたまにしんどそうである。諦めれば楽なのに、諦められないから。社会のレールに乗れば楽なのに、その選択肢を、選びたくないから。でも、悩み苦しみながらも、いつだって彼は楽しんでいる。

そういう夫の仕事観・人生観に触れると、いつだって私は考えざるを得ないのだ。

「私は、自分の気持ちに嘘をついていないだろうか?」

そんな彼と一緒にいるからなのか、私も最近は、ちょっとはわがままに生き、働けるようになってきた気がする。

わがままに生きようとすると、いわゆる社会の常識や、社会が敷いたレールから「はみ出す」ことになるかもしれない。

けれど、誰かが作ったレールに迎合して自分を押さえて働いて生きるより、はみ出したとしても、自分の気持ちに正直に生きることの方が、よっぽど大切なことなのではないか。そして何より、社会からはみ出したとしても、自分の勇気や行動次第で、働く環境や居場所はいくらでも作り出すことができるのではないだろうか。

人生一度きり、思い切り楽しんで、わがままに生きて、働こう──。

そんなことを私に教えてくれたのは、他でもない、最愛の人なのである。