主婦やシニアの方の活躍創出部門

エントリーNO.02

濃厚な甘みがとろける「生豆腐」
 定年後に夫婦で歩む、ものづくりの道

<ふるさと名品>

寄せ豆腐、もめん豆腐

<商品の入手・問い合わせ先>

ヒロカワフーズ株式会社
〒722-0051 広島県尾道市東尾道12-4 
TEL 0848-56-1450

〈会社概要〉ヒロカワフーズ株式会社
[本社]
〒722-0051 広島県尾道市東尾道12-4
<事業概要>中国地方の特産物を中心とした海産物・農産物・加工食品の卸売・小売、プライベートブランドの加工食品開発・製造・小売

岩下忠教(いわした ただのり)さん(61)

広島県尾道市出身。大手電機メーカーの物流に従事し、中国、四国地方を中心に転勤生活を送ったのち、2016年に定年を迎えた。退職後は故郷の尾道に戻って畑仕事や釣りを楽しんでいたが、旧友の誘いでヒロカワフーズ株式会社に契約社員として入社。豆腐づくりをイチから学び、「手づくりのお豆腐屋さん」としてものづくりの道を歩み始めた。

自分の手で「何かができる」喜び
還暦で新たに挑む、ものづくり

週末の、東京都内の某スーパー。夕食の買い出しにやってきた多くの主婦たちにまぎれて、豆腐売り場の豆腐をじっと眺める1人の男性がいる。彼の名は岩下忠教さん(61)。大学を卒業してから大手電機メーカーに就職して38年間勤め上げ、2016年に定年退職したばかりである。家族は妻と、子どもが3人。今日は広島県尾道市の自宅から、結婚して東京近郊で暮らす長女のもとへ遊びに来て、都内のスーパーを訪れているのだ。

岩下さんが豆腐売り場から離れないのは、今夜のビールのつまみにどれを食べようか迷っているからではない。
「このパッケージ、センスがいいな」
「こんな高値で売っているのか……」
豆腐を見つめる頭の中は、食べ手というよりつくり手、売り手目線のことばかり。それもそのはず、岩下さんは今、毎日大豆から豆腐を手づくりしている「お豆腐屋さん」なのである。

電機メーカーに在職中は転勤の連続だった。広島市や四国で単身赴任生活を送った後、最後の勤務地となった大阪では、家族を呼び寄せて一緒に暮らした。定年を迎えるにあたって決めていたのは、生まれ故郷の尾道に帰ること。それ以外は仕事をする・しないを含め、第2の人生をどう過ごすか具体的に考えていなかった。実際、退職して尾道に戻ってからは、趣味の畑仕事や釣りを楽しみながら悠々自適に過ごしていた。

そんな生活を続けて半年ほど経ったある日のこと、地元の幼なじみの廣川雄一さんから飲みに行こうとの誘いがあった。広島県、岡山県を中心に食品やエネルギー関連の事業を営む老舗企業・広川株式会社の経営に携わる廣川さんは、岩下さんの小中学校の同級生。少年時代、野球をして遊んだ仲だ。旧交を温めようと軽い気持ちで出かけた岩下さんだが、飲みの席で廣川さんから思いもよらない申し出を受ける。

「今度、うちの関連会社のヒロカワフーズ株式会社で手づくり豆腐の生産を始めようと思っている。一緒にやらないか?」

長年、電機メーカーの商品供給をコントロールする物流業務に従事してきた岩下さんは、食品関連の仕事経験はほとんどない。しかし、岩下さんが「YES」の答えを出すまでにさほど時間はかからなかった。

岩下さんは言う。「以前の仕事はパソコンを使うデスクワーク。自分が介在することで形のあるものができるわけではありませんでした。だから、ものづくりへの憧れのようなものが、ずっとどこかにあったんです」

還暦を迎え、未経験の豆腐づくりに挑む。サラリーマン時代には想像もしていなかった、新たな挑戦が始まった。

  • 大手電機メーカーを定年退職後、豆腐づくりに携わることになった岩下忠教さん。「心のどこかに、ものづくりへの憧れがありました」

  • 左から岩下さん夫妻、広川株式会社 廣川雄一さん、吉井竜二さん。岩下さんが豆腐づくりに挑むきっかけとなったのは、廣川さんとの再会だった

  • 岩下さんが在籍するヒロカワフーズは160年前に尾道で創業した老舗企業・広川の関連会社。食品卸・小売、オリジナル加工食品などを手掛ける

猛勉強して試作に専念
甘くて香り高い本物の豆腐を食卓へ

岩下さんが豆腐づくりに誘われてから9カ月後の2017年6月、ヒロカワフーズより「寄せ豆腐」「もめん豆腐」の2種類の豆腐が発売された。いずれも国産大豆とにがりだけでつくる、正真正銘の、本物の手づくり豆腐だ。

岩下さんの試行錯誤の末にできあがった豆腐は、甘みが強い北海道産の「ゆきほまれ」と、高たんぱくな三重県産の「ふくゆたか」の2銘柄の国産大豆を使う。これらを甘さと弾力のベストバランスを生む配合でブレンドし、加熱処理しない「生豆腐」として販売している。

生豆腐のパッケージを開けたとたん、大豆のふくよかな香りが広がった。美しい乳白色の豆腐は箸を入れても崩れないのにふるふると柔らかい。寄せ豆腐はもちろん、もめん豆腐もぼそっとした口当たりの悪さや重さがなく、舌の上でなめらかにとろけていく。しかし甘みと香りは濃厚で、しょうゆや薬味を使うのがもったいないほどうまみがある。「そのまま食べて“も”」おいしいのではなく、「そのまま食べたい」と思う素材本来の力がみなぎる。

未経験でありながら、退職後の短期間でここまでおいしい豆腐を完成させたことに驚くが、岩下さんの豆腐づくりは実に緻密だ。豆腐をつくる工程は大豆を水に漬けるところから始まるが、大豆や水の分量、漬ける容器や時間を同条件にしても、水を吸った大豆が何倍の重量になるかは日によって異なる。漬けた大豆をミキサーで粉砕して炊き、豆乳を搾るときも同様だ。同じ分量の水を足して粉砕しても、豆乳の量は毎回異なるという。岩下さんは試作のたびに、こうした材料の配合に加え、室温などの環境条件も全て記録。豆腐を扱う食品メーカーで研修を受け、自らも猛勉強。最もおいしいと思えるつくり方を確立し、発売に臨んだ。

「最初はおいしい豆腐をつくるぞ! と意気込んで取り掛かりましたが、分かってくればくるほど難しさを実感します。豆腐は、生き物なのです」と岩下さん。だからこそ納得のいくものができて発売に至った現在も、製造条件の記録は毎日続けているという。廣川さんが「子どものころから、几帳面で責任感のある性格だった」と岩下さんの人となりを語るとおり、繊細な豆腐づくりは性に合っていたのかもしれない。

「でも、まだ完全に満足しているわけではないです。自分ではおいしいと思っていても好みは人それぞれですし、嗜好は季節によっても変わるもの。夏は少しあっさり仕上げたり、冬は湯豆腐に合うよう硬めにしたり。今でも毎日悩んでいますよ」。ゆっくり言葉を選びながら穏やかに話す岩下さんだが、豆腐づくりへの思いは熱い。

  • 国産大豆とにがりだけでつくる豆腐は加熱処理しない「生豆腐」として販売され、地元のスーパーで大人気。大豆本来の香りと濃厚な甘みが自慢

  • 豆腐を扱う食品メーカーで研修を受け、自らも勉強。持ち前の几帳面さ、探求心の強さで豆腐づくりを徹底研究。発売前は試行錯誤の連続だった

  • 良質な国産大豆から厳選した2銘柄をブレンドして使用。何度も試作を繰り返し、甘さと弾力のベストバランスを生む配合を確立した

「急に少年のように」なった父
夫婦2人で夢を追いかける幸せ

朝7時30分。尾道の海沿いに立つヒロカワフーズの工場で、岩下さんが豆腐づくりに取り掛かる時間だ。パッケージなどを除く製造作業はほとんど1人でこなし、毎日昼までに100~170個の寄せ豆腐と、24個のもめん豆腐をつくる。準備を整えて出荷するのは14時30分ころ。後片付けを済ませ、会社を出るのは16時30分くらい。サラリーマン時代よりも出社が早く体力も使う仕事だが、「豆腐づくりについては、いっさい私にまかせてもらっているので働きやすいですね」と岩下さん。原動力は、自分がつくった豆腐を食べた人の「おいしい」という言葉だ。

10時をまわると、黙々と作業に没頭する岩下さんの様子を見に来る人物がいる。妻の岩下節美さん(58)だ。岩下さんがヒロカワフーズに入社したのを機に、「お父さんが働くところを見たい」と、自らもパートの事務職として同社で働き始めたのである。パソコン作業に慣れようと教室に通い始めて仕事が面白くなってきたところだが、出社は10時と岩下さんより遅く、1日の勤務時間は5.5時間。「お休みもわりと自由にとれるので、子どもが帰省するときなどは休ませていただいています」。主婦業と両立しやすく、願ってもない勤務形態だという。

だが節美さんが一番うれしいのは、公私ともに岩下さんを支えられる環境を手にしたことなのだろう。「今よりもっとおいしいものをつくりたくて悩んでいる夫を見ると、この人はものづくりが合っているのだな、と思います」。子どもたちが独立した今、夫婦2人で新しい夢を追う幸せを明るい笑顔で話してくれる。

そんな岩下さん夫妻の変化は、離れて暮らす長女の目にも明らかだったようだ。 「畑仕事や釣りをしていた退職後の半年間、父はそれなりに楽しそうでした。でも、父と母の間で『これから老後に向けてどうしようか』という会話が多くなっていたことも事実。それが豆腐づくりのお話をいただいてからの父は、毎日大豆や豆腐のことを調べ、会話も豆腐のことばかり。あれも知りたい、試してみたいと、急に少年のようにいきいきして、老後の話もしなくなったようです(笑)。役割があるとここまで人は変わるのか、と思いました」

現在、岩下さんの生豆腐が買えるのは、広島県と岡山県の一部地域のスーパーのみ。売れ行きは好調で多くのファンがついているものの、本当においしい豆腐を食べてほしいとの思いから機械化をしないため、生産量が限られるのだ。とはいえ「ゆくゆくはもっとたくさんつくって、もっと多くの方に食べていただきたい。そのためには、この味をつくれる若い人の育成も考えなくてはと思っています」と岩下さん。

岩下さんを豆腐づくりに誘った廣川さんは言う。「サラリーマン人生を全うし、社会経験が豊富な岩下さんだからこそ、後進の育成も安心しておまかせできます。岩下さんの定年? そんなの考えていませんよ(笑)。彼はもう、どこまでもものづくりを究める職人ですから」

取材・撮影・デザイン・コーティング/アトリエあふろ
ライティング/アトリエあふろ(富成深雪、岡本靖正、佐藤福子)、N2(小野剛志)、川島 剛、永田知子

  • 毎朝7時30分に出社し、作業をスタート。味の調整など豆腐づくりの方向性は岩下さんに一任されている。その分、やりがいも大きいという

  • 妻の節美さんは岩下さんの転身を機に、ヒロカワフーズのパート事務員になった。夫の夢を一緒に追いかける毎日は、多忙ながらも幸せいっぱい

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