ふるさと名品オブ・ザ・イヤー

エントリーNO.02 有限会社エニシング

オンリーワンの喜びで
新境地を拓く!
「日本伝統の帆前掛け」

〈ふるさと名品〉

帆前掛け

〈問い合わせ先〉

有限会社エニシング
〒107-0051 東京都港区元赤坂1-7-10
グランドメゾン元赤坂902
TEL 03-5843-0247
前掛け専門店Anything(エニシング)
http://www.anything.ne.jp/index.html

〈会社概要〉有限会社エニシング
〒107-0051 東京都港区元赤坂1-7-10
グランドメゾン元赤坂902
〈事業内容〉帆前掛けの企画製造販売

有限会社エニシング 代表取締役社長

西村和弘さん(45)

外国人観光客が多い広島市で育ち、東京の大学在学中に1年間のアメリカ留学を経験。海外の文化を感じる環境のなかで“和”への意識が高まる。大手食品メーカーに就職後、27歳で独立・起業。漢字Tシャツの企画販売を開始。“和”にこだわるうちに伝統的な「帆前掛け」に出合い、その魅力を全国・世界へ発信中。プロフィール写真の着用ジャケットは最高級の前掛け生地「1号」でつくられたもの。

今再び、注目を集める
粋で実用的な「帆前掛け」

「前掛け」。普段の暮らしであまり聞かなくなった言葉だ。昭和の時代には酒販店などの小売業やものづくりをする人の仕事着として親しまれ、紺地に白い文字を染め抜いた前掛け姿で働く人を目にする機会も多かった。

前掛けは、正式には「帆前掛け(ほまえかけ)」と呼ばれ、起源は室町時代にさかのぼる。腰ひもで骨盤を安定させて腰の負担を軽減し、前に垂らした厚い綿生地で衣類の汚れ・破れやケガを防ぐ。ときには荷物を担ぐ際の肩当て布にもなり、実用品として重宝された。

明治時代に入ると生地に屋号が染め抜かれ、広告宣伝効果を兼ねるようになった。その流れは1950年代~1970年代にピークを迎えるが、テレビやインターネットの普及で広告宣伝手法や流通、ワークスタイルが激変。前掛けは役割を失い、ほとんど見かけなくなった。

そうやって日本人の生活から姿を消しかけていた前掛けが、近年、面白いことになっている。個人でも1枚からオーダーできる「日本伝統の帆前掛け」が登場しているのだ。好きな言葉や名前を入れたり、イラストを入れたりと、デザインは自由。和の粋なテイストが「一周まわって新しい」と注目され、ギフトに使う人が増えている。

そのオーダー前掛けの企画製造販売を手がけているのは、東京都にある有限会社エニシング。代表取締役社長の西村和弘さん(45)は27歳のときに会社員を辞めて独立。「人と人が出会う=ご縁(えにし)が続いていく(ing)ことで役に立つ仕事をしたい」と、社名を「エニシング(縁+ing)」と名づけて漢字Tシャツの企画販売をスタートした。

「僕は外国の方がたくさん訪れる広島で生まれ育ち、親族にも海外で商売を始めた人がいます。何らかの形で海外と接点のある環境にいたせいか、“和”のものを世界に広めたいという思いがずっとどこかにありました」と西村さん。やがてエニシングは前掛けにもデザインをプリントし、売り始めるようになる。長い歴史をもつ日本ならではの前掛けは、西村さんの“和”への思いに応える一品だった。

2005年に前掛け専門のネットショップを開くと、しばしば大口注文も入るようになった。ニーズを確信した西村さんは、大量の前掛けを安定して仕入れるルートを得ようと産地を探し始める。そして2006年春、現在エニシングの生地を製造する愛知県豊橋市で、西村さんは織り職人の芳賀(はが)正人さん(70)と運命的な出会いを果たす。

  • 伝統的な「帆前掛け」は、紅白の腰ひも、ほつれを防ぐ生地両端の「ミミ」、しめ飾りなどをモチーフにした裾の「フサ」が特徴

  • 小さな頃から“和”のものへの関心が高かったという西村和弘さん。「考えてみたら僕の名前にも“和”がついているんです(笑)」

  • 腰骨の出っ張った部分の上あたりで腰ひもを締め、股関節を安定させるのが正しい締め方。立ち仕事や力仕事で腰を痛めるのを防ぐ

  • フルオーダーの前掛けはさまざまな色やデザインに対応。本格的な「帆前掛け」を世界にたった1つのデザインで1枚から注文できる

世間知らずも甚だしい!?
幻の1号前掛けを1枚5900円で

「これは、うちでつくっとるなあ」
西村さんが豊橋を訪れ、初めてエニシングの前掛けを見せたとき、織り職人の芳賀さんはそういった。芳賀さんの織物工場で織った生地を、近所の染物工場で染めているというのだ。

そのときのことを、西村さんは笑いながらこう話す。
「製造していた生地の発注者が僕だとわかると、職人さんたちがいうんです。『君ら、発注ロットが少なすぎるんだよ!』って」

豊橋のある愛知県三河地方は、かつては前掛けの生地生産が盛んな地域だった。しかし需要減少とともに織物工場は次々廃業。西村さんが訪れたときには芳賀さんの工場を含む数軒のみとなっていたが、企業の販促品として無料で配られていた時代は数百枚単位の発注が当たり前。その感覚からすれば、当時の西村さんが発注していた50枚程度のロットを「少なすぎる」というのもうなずける。

それでも、芳賀さんは西村さんの少量注文に直接応じてくれるようになった。
「わざわざ東京から来てくれたからね。それに、西村君はうちの長男と同じ年で、何となく縁を感じてね。小遣いにもならんかったけど、まあいいかと」と芳賀さんは笑うが、「日本の前掛けを残したい」という西村さんの熱意を感じ取ったことは、取引を承諾したことと無関係ではないだろう。

5年ほど経った頃、西村さんは満を持して、前掛け生地「1号」の製造を芳賀さんに依頼した。1号は厚みがあって丈夫なのに軽くて柔らかく、体にしなやかにフィットする最高級の前掛け生地。しかし大量生産の時代に安価な薄い生地が主流となり、すっかり姿を消していた。

「1号を復活させて1枚5900円のオーダー前掛けをつくりたいといったとき、職人さんたちには『昔はタダで配っていたものなのに、そんな値段で誰が買う? 世間知らずも甚だしい』といわれました(笑)。だけど僕は、絶対需要があると思っていた。なぜなら、手にしたときの喜びの質が全然違うはずだから」

2011年、約40年ぶりに復活した1号前掛けがエニシングから発売された。実用的で高品質、しかもオンリーワンのデザインを楽しめるオーダー前掛けはメディアでたびたび取り上げられ、売上も順調に伸展。今では個人客のほか、大企業の販促品や記念品、人気キャラクターやプロ野球チームなどのグッズ、アウトドア用品として、引く手あまたの存在に。ニューヨーク、ロンドンの展示会や美術館ショップで取り扱われるなど、海外での注目度も高い。

西村さんはときどき、芳賀さんたちからこんな言葉をかけられる。
「西村君は自分たちが今までやってきたマーケットの外に、もう1つのマーケットをつくった。だから俺らは評価するよ」

「贈り物に」「記念の品に」と、オーダーする人の思いがこもったエニシングの前掛けは、大量生産品とは異なる価値で人々を魅了する。芳賀さんたちの言葉どおり西村さんは新しいニーズをつかみ、瀕死だった前掛けを見事によみがえらせたのだ。

  • 豊橋の織り職人・芳賀正人さん。「需要が減って工場をたたもうかと思っていた頃、エニシングと出会い、流れが変わりました」

  • 芳賀さんの工場では戦前・戦後につくられた織機が現役で活躍。この織機で織る「1号」は、厚く柔らかな最高級の前掛け生地

  • オーダー前掛けのほか、エニシングオリジナルデザインの既製前掛けも販売している。米袋を使ったかわいいパッケージが好評

職人、若者、主婦……
多様な人が力を合わせて夢を追う

今、芳賀さんの工場でエニシングの前掛け生地をつくっているのは、豊橋で新たに採用された3人のエニシング社員。年齢は20~30代と若いが、70~90年間稼働してきた織機の使い方を芳賀さんから学び、技術を継承する職人の道を着実に歩んでいる。

芳賀さんは引退を考え始めて西村さんに伝えたところ、「後継者を育ててほしい」と頼まれ、彼らの指導を引き受けた。理由を尋ねると、「この10数年、西村君といろいろ話して、従来とは全然違うやり方で収益を出している様子を見て……。信頼関係というのかな。そういうのができたと思えるから踏み出しました」との答えが返ってきた。

一方、企画販売を担う東京オフィスは、所長兼・社員デザイナーである小倉佐恵さん(43)をはじめ、女性の活躍が印象的な職場だ。創業以来、注文受付や商品発送を担当する歴代スタッフは主婦のパート従業員が多く、彼女たちの支えで事業を拡大してきた。

現在、経理などを担当するパート従業員の野村陽子さん(46)は、小学生の子どもをもつ一児の母。前掛けを再生させるエニシングの活動にひかれたのはもちろんだが、出勤は週2回~、勤務時間は9時30分~14時など、子育てと両立しやすい勤務条件も応募の大きな決め手になった。

「似たような条件を提示してくれる会社はほかにもあります。でも実際には、学校行事や子どもの体調不良で休みを取りにくい雰囲気だったりすることも。エニシングは、本当に子育てに理解を示してくれるのでありがたいです」と野村さん。サポートする側の小倉さんたちも、顧客とのメール管理にルールを設けるなどして社内の情報共有を工夫し、サービスの質を担保しながらお互いが気持ちよく働ける環境づくりに努めている。

西村さんは今、2019年春に豊橋にオープン予定の自社工場建設に向け、多忙を極めている。新工場は芳賀さんから譲り受ける織機で生地をつくるだけでなく、幼稚園の子どもたちや海外のバイヤー、デザイナーなどが見学に来られる施設になる予定。そこには、工房のような工場で、日本のものづくりの形を模索したいという決意が潜む。

「そして生産が衰退していた産地にも仕事が広がっていけば、こんなにうれしいことはありません」と西村さん。

先人たちの知恵と工夫が詰まった「日本伝統の帆前掛け」を、全国へ、世界へ。そして未来へ──。厳しい時代も技術を守り抜いてきた職人と、技術を受け継ぐ若者、子育てと両立しながら仕事にやりがいを見出す主婦など多様な人が力を合わせ、大きな夢を形にする。

  • ものづくりが好きな社員職人の影山幸範さん(38)。「生地の織り方、織機の手入れまで、全て芳賀さんに教えていただきました」

  • 社員職人の田内まりさん(22)は大学卒業後、新卒で入社。「昔から日本にある伝統的な産業で、職人として働くのが夢でした」

  • 左から前川圭子さん(37)、田内さん、西村さん、影山さん。豊橋の地で、芳賀さんの織りの技術を次世代へつないでいく

  • 東京オフィス所長の小倉佐恵さん。顧客の要望に応えるデザインを手がけるとともに、従業員が働きやすい環境づくりにも尽力

  • 野村陽子さんは一児の母。「前掛けを広めるエニシングの活動に興味が湧き、勤務条件も柔軟だったので入社を希望しました」

企画・取材・執筆・撮影・デザイン・コーディング/アトリエあふろ

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