ふるさと名品オブ・ザ・イヤー

エントリーNo.06 下川織物

世界中のアーティストを魅了!
地元の主婦・シニアが支える
伝統の久留米絣くるめかすり

〈ふるさと名品〉

久留米絣(くるめかすり)

〈問い合わせ先〉

下川織物
〒834-0024 福岡県八女市津江1111-2
TEL 0943-22-2427
http://oriyasan.com/

〈会社概要〉下川織物
〒834-0024 福岡県八女市津江1111-2
〈事業内容〉久留米絣の製造・卸売

下川織物 3代目

下川強臓(しもがわきょうぞう)さん(47)

福岡県八女市の久留米絣老舗織元・下川織物の3代目。大学卒業後、家業に入り修業を積む。現在は2代目である父親の下川富彌さんとともに下川織物の経営を担うかたわら、伝統の久留米絣を全国・世界に広め、後世に残すべく情報発信。海外アーティストとのコラボレーション、久留米絣のマーケティングにAIを取り入れるプロジェクトへの参加など、チャレンジ精神旺盛な活動を展開している。

世界のアートシーンに躍り出る
下川織物の久留米絣

今、福岡県八女市にある創業70年の久留米絣老舗織元・下川織物が、活躍の場を広げている。

2018年10月4日。下川織物3代目である下川強臓さん(47)は、ストックホルムにいた。スウェーデンと日本の伝統工芸文化交換プロジェクト「Intertradition」に下川織物の久留米絣を提供し、作品展示会のトークイベントに講演ゲストとして招かれたからだ。

同じく2018年10月。下川織物の工場には、ニューヨークの美術大学・SVA(School of Visual Arts)と縁のある海外デザイナーたちの姿があった。彼らは八女市の伝統工芸品とコラボレーションした作品をつくり、ニューヨーク近代美術館MoMAショップでの販売を目指す「Made in YAME PROJECT」に参加するトップデザイナーたち。プロジェクトで手がける作品素材の視察のために、下川織物の工場を訪れていたのである。

久留米絣は現在の久留米市で発祥し、福岡県南部の筑後地域でつくられる絣で、伊予絣、備後絣と並んで日本三大絣の1つとされる伝統的な木綿生地。染色の際、図案に合わせて括(くく)りと呼ばれる技術で糸を縛り、防染することであらかじめ糸に柄をつくる先染め織物だ。収縮比率を計算した上で括り・染色を施した経糸(たていと)や緯糸(よこいと)を用いて多彩な柄を表現するのが特徴で、完成までの工程は実に30以上。経糸・緯糸の両方に絣糸を使い、複雑で精巧な柄を表現する技術を継承した職人が今なお活躍する久留米絣の存在感は、三大絣のなかでも群を抜く。

そのため下川織物の久留米絣も、衣類メーカーなどの商品素材に多く使われ、メディアで注目されるヒット商品も生まれている。地元を代表する工芸品としての評価も高く、創業者の時代から45年以上の長きにわたり、日本を代表する祭りの一つに数えられる博多祇園山笠の法被に使用されてきた。さらに近年では九州を中心に、各地域に継承される祇園山笠の法被にも数多く使用されるようになっている。

一方で、海外のアーティストや有名ブランドとタッグを組む、グローバルかつアーティスティックな展開も目を見張るものがある。現にここ数年、先述のスウェーデン、ニューヨークのみならず各国のアーティストたちからコラボレーションのオファーが後を絶たない。

2015年にはフィンランド人アーティストの依頼で、青森県立美術館の企画展で発表する作品のための久留米絣を製作。2016年には国交400年を記念して行われた「九州オランダプロジェクト」(オランダ大使館などが主催)に参加。それを受けて2017年にはアムステルダムを訪問した。

現在は先述のMade in YAME PROJECTのほか、パリで行う展示会にフランス人アーティストが出展する作品への協力も進行中。日本が誇る伝統の久留米絣は、下川織物を通じて、今まさに世界に羽ばたこうとしている。

  • 下川織物3代目の下川強臓さん。久留米絣が第6回ものづくり日本大賞で経済産業大臣賞を獲得した際の受賞メンバーの1人でもある

  • 文様が美しい久留米絣。現在、小幅織物で複雑な絣柄をつくることができる括り機械を保有・生産しているのは久留米絣のみだという

  • スウェーデンと日本の伝統工芸文化交換プロジェクトに参加した下川さん。ストックホルムで久留米絣に関する講演も行った

  • Made in YAME PROJECTで協力する美術大学の教授がニューヨークから来訪。下川織物で久留米絣の製造を見学

出会いとチャンスを生む
インバウンド型の新しい職人像

久留米絣は軽くて肌なじみが良く、丈夫で扱いやすいことから普段着の着物素材に重宝され、かつては広く庶民に愛される生活必需品だった。しかし戦後を境に日本人の普段着は急速に洋装化し、需要が激減。最盛期は200~300軒あった久留米絣の織元は次々と消え、今でも生産を続けているのは、わずか20~30軒だという。

その一軒である下川織物は、近隣の織元が廃業するなかで「着物地が売れないなら、洋服地をつくればいい」と発想を転換。文様入りが基本の絣としては異例だった無地の生地を、絣と同じ糸・技法でつくって新たなニーズをつかみ、厳しい時代を乗り切った。

現在、伊予絣、備後絣はほとんど生産されなくなり、三大絣で一定の生産量があるのは久留米絣のみ。すると生産が減ったことで希少価値が高まり、今度は逆にニーズが増加。その流れをいち早く察知した下川さんは再び本来の文様入り生地を織り始め、卸売業は順調に伸展している。

ところが、下川さんのスタンスは「営業しない」ことだというから驚く。ではなぜ、国内メーカーだけでなく、海外のアーティストや有名ブランドからさまざまなオファーが来るのだろうか?

「きっかけは、SNSです」
聞けば、下川さんは複数の写真投稿サイトなどで毎日情報を発信。生地や製造工程の写真を投稿し続けるうちに、下川織物の久留米絣に興味を持つ人とコンタクトするようになったのだそう。

下川さんは自らを「素の僕は口下手な職人で、営業は苦手」と評する。「だからSNSで情報発信し、工場見学も随時受け付けて門戸を開く。営業はしないけど、集客はしているわけです」

プリント生地とは異なる美しさを持ち、絣のなかでも複雑な文様を得意とする久留米絣の画像は、万国共通で人々を魅了する。だからこそ多くのアーティスト、起業家、愛好家などが、日本中・世界中から下川織物を訪れる。

「ローカルで伝統を継承してグローバルに活動する。僕がしていることは、ネットを起点としたコミュニケーションビジネスという言葉がぴったりくるのかなと思います。そういう意味で、うちの久留米絣はローカル×グローバルの『グローカルなテキスタイル』。僕自身はコミュニケーションビジネスで付加価値をつけた職人・『グローカルコミュニケーター』を目指しています」と下川さん。

下川織物が世界で注目されるようになった理由は、伝統工芸とは瞬時に結びつかない現代ならではのITコミュニケーションにあった。もっといえば営業こそしないものの、SNSなどを積極的に活用する下川さんのチャレンジ精神が、今の活躍の舞台を引き寄せたといえそうだ。

下川さんはいう。
「ビジネスを成功させて伝統工芸を後世に残すには、継続する姿勢、最後までやり遂げる強いモチベーションは欠かせません。そして何よりも、人との出会いを大切にする。SNSや工場見学で会いたい人と会えるチャンスをつくり、ビジネスの幅を広げ、自分自身の成長にもつなげていけたらと思っています」

  • 図案に従って精緻に括った糸を染色。その後、水洗いして天日で乾燥させる。色鮮やかな糸が軒先で風に揺れる眺めも趣深い

  • 括り技法によって正確に染め分けされた経糸・緯糸が美しい文様を織りなす。複雑な工程を経て完成する生地は、まさに芸術品

  • 下川織物の工場には、戦前・戦後につくられたレトロな織機が並ぶ。手織りに近い柔らかな風合いの生地を織ることができる

  • 海外の展示会に出品したコラボレーション作品の一つ。SNSを活用した下川さんの情報発信が、久留米絣と世界をつなぐ

主婦・シニアが長く、楽しく働く
雇用形態も給与も工夫した“家族的経営”

カシャカシャとリズミカルな音が聞こえてくる下川織物の工場に足を踏み入れると、ずらりと並ぶ織機で製織(生地を織る作業)を行っているのは全員、女性だった。

久留米絣は、江戸時代後期に井上伝(いのうえ でん)という女性が考案したとされる。この起源からも想像がつくように、昔から織物業に従事するのは女性が多かった。しかし下川織物の従業員のほとんどが女性なのは、そうした歴史背景の影響だけではない。

もともと伝統工芸の多くは家族経営が中心で、奉公による徒弟制度で技術を継承してきた歴史を持つ。しかし労働基準法が制定され、そのような人材育成の慣習は消えていった。

下川さんは、法に則って後継者育成を行い、事業を存続する最適な方法を常に考えてきたという。そして、「無理なく安定した経営を続けるには、地域に根ざした人材の確保がベスト」との結論に。「朝は早いですが退勤は17時。基本的に残業もありません。この勤務形態にフィットするのは、地元の主婦やシニアだと思いました」と話す。

下川織物で働く女性の年齢層は30~80代。なかには勤続40~50年の人もいる。

「従業員の方の事情は、子育て中、体力的にフルタイムは厳しいなどさまざま。また、現在の就業希望者は未経験の人ばかりです。そのため在宅勤務、パート、正社員という3段階の雇用形態と、時給と技術給を組み合わせた給与体系を用意し、経験やライフステージに合わせた働き方ができるように配慮。シニアの方にも活躍していただけるよう、パート雇用形態を活かした生涯雇用の考え方も取り入れています」と下川さん。

下川織物で働き始めて間もない山内みゆきさん(37)は、未経験で織職人になった一人。「周りの方が親切に教えてくださり、できることが少しずつ増えて楽しいです」と目を輝かせる。今は子どもが小さく14時に退勤するが、子どもが成長したらフルタイムで働き、難易度の高い複雑な文様の久留米絣を織るのが夢だ。

反物の検品や、工場隣接の直売所で接客を行う田中典子さん(60)は勤続20年。「この仕事が好きですし、働きやすい職場なので長く勤めたいですね」。実際、両親が病気療養していたときは看病を優先させてもらい、仕事と両立できたと語る。

幅広い世代の主婦が長く、いきいきと働けるのは、下川さんが掲げる「助け合いの精神を活かす“家族的経営”」という理念が確かに活きているからだろう。下川織物の久留米絣が各国のアーティストやデザイナーから求められる誇りも、彼女たちのやりがいにつながる。

折しも取材日前夜、下川さんのところにヨーロッパの有名高級ブランドのバイヤーから「生地見本を見たい」との相談メールがきたという。「今日はこのあと在庫を確認して、見本品を送る手配をします」と笑顔で話す下川さん。地域に根ざした主婦やシニアがつくり上げる伝統の久留米絣が、世界中の人が憧れるファッションアイテムに姿を変える日も近そうだ。

  • 下川織物の風情あふれる工場で、久留米絣の製織作業を行う女性従業員たち。織機が奏でるリズミカルな音が心地よく響く

  • 織職人の山内みゆきさん。子どもの服をつくるとき、生地によって肌ざわりがまったく異なることに気づき、久留米絣に興味を持った

  • 「直売所で生地を買っていったお客さまがどんなものをつくるのか、何ができあがるのかが楽しみです」と話す田中典子さん

企画・取材・執筆・撮影・デザイン・コーディング/アトリエあふろ

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