ふるさと名品オブ・ザ・イヤー

エントリーNo.08 株式会社 小倉 縞縞

縞模様が作り出す、
凛とした美しさ
現代に甦った「小倉織」

〈ふるさと名品〉

小倉織製品

〈問い合わせ先〉

小倉 縞縞 本店
〒803-0814 福岡県北九州市小倉北区大手町3-1-107
TEL 093-561-0700
http://shima-shima.jp/

〈会社概要〉株式会社 小倉 縞縞
〒803-0814 福岡県北九州市小倉北区大手町3-1-107
TEL 093-561-0700
〈事業内容〉繊維製品のデザイン、製造、販売、企画・プロデュース

株式会社 小倉 縞縞 代表取締役社長

渡部英子(わたなべひでこ)さん(62)

福岡県北九州市生まれ。1996年、有限会社小倉クリエーションを設立、姉であり染織家の築城則子氏の手織り製品の販売を開始。2005年、小倉織の機械織りでの生産に着手し、広幅の小倉織の布販売を開始。2007年小倉 縞縞 KOKURA SHIMA SHIMAブランドを立ち上げ、同年第9回福岡県産業デザイン賞大賞受賞。2018年、同社専務の築城弥央さんが小倉織物製造株式会社を設立し、北九州市内で小倉織の製造を開始。小倉で織る小倉織は80年ぶりの復活である。

小さな端布との出会いが契機
姉妹で築く現代の小倉織

北九州小倉に、凛とした美しい縞模様が特徴的な織物がある。その名も「小倉織」。
木綿でありながら絹のような艶を感じさせ、和のテイストとモダンさも兼ね備えた布地だ。

小倉織は、江戸初期より豊前小倉藩の特産物として、丈夫でしなやかな質感、縞模様の美しさが人気となり、武士の袴や帯として珍重され、徳川家康にも献上されたという。明治期には、文明開化の波の中、男子学生服として霜降の小倉織が全国に広がった。しかし、人気がある故にコピー商品が出回り、評判を落とすことになり次第に衰退、昭和初期に途絶えてしまったという。

そんな稀有な歴史を辿る小倉織を現代に蘇らせたのは、染織家の築城則子氏。
あるとき骨董店で偶然出会った小さな端布に魅了された。それが小倉織だったという。
それから約2年、資料もほとんど存在しない中、電子顕微鏡まで使い分析を行い、試行錯誤を繰り返し1984年に小倉織が復元された。
その後、築城氏は手織りによる小倉織の作品を世に送り出し、多くの展覧会で高い評価を得るようになった。とはいえ、製作工程が全てハンドメイドである手織りの小倉織は、どうしても生産量も少なく、工芸品化してしまい広く普及するには至らないという悩みもあったという。

「手織りだと量産ができず、価格も高価になりがちです。また織れる生地も広幅なものができません。もともとは、袴に使われるくらい日常遣いだった小倉織をもっと多くの人が使えるものにしたいと思ったのです」と話すのは、築城氏の妹であり、小倉織製品の製造・販売を手がける株式会社 小倉 縞縞 代表取締役社長の渡部英子氏だ。
渡部さんは2005年に築城氏を契約デザイナーとして機械による小倉織生地の生産に乗り出した。

しかし、手織りではすでに製法が確立できていたとはいえ、機械織りとなると一筋縄ではいかなかった。その理由の1つが、通常の木綿布の3倍の密度ともいわれる経糸(たていと)の多さだった。汎用品とはラインを変えねばならないこともあり作業効率も悪いことから、いくつもの織物業者を回るも断られ続け、やっと福岡県内に協力会社がみつけられたという。その他にも、糸の染色の問題もあった。糸から染める先染めの小倉織を機械化するには、化学染料を使わねばならないが、当初築城氏からOKが出たのは、わずか10色だったという。
「染織家の姉の目は非常に厳しいものでした。しかし、良いものを出したい、そのためには手を抜かないというのが、私達のポリシーなんです」と渡部さん。
こうした苦労の末、ようやく機械化による小倉織が誕生した。

当初は、テキスタイルのみの販売だったが、2007年に「小倉 縞縞 KOKURA SHIMA SHIMA」ブランドを立ち上げ、製品のラインナップを拡充。風呂敷やポーチといった小物から、バッグ、エプロン、そしてカーテンと様々なジャンルの製品を扱うようになる。製品群の拡充と共に、ファンも拡大。また、国内外のクリエーター達とのコラボレーションも行われ、小倉織製品が一般消費者へも広まっていった。
2007年に福岡県産業デザイン賞の大賞を受賞。2008年より、海外の展示会へ出品するなど海外進出も果たし、日本国内のみならず、海外からも高い評価を得ている。

  • 縞柄が美しい生地。テキスタイルデザインは全て築城氏の監修によるもの

  • 2010年にグッドデザイン賞を受賞した風呂敷。物を包むだけでなく、テーブルクロスとして使う人も多いという

  • シンプルなデザインと機能を備えた小物。日々の相棒として、また贈り物として重宝されている

小倉織を愛する女性たちが集い
支え合う 小倉 縞縞ファミリー

同社は、従業員のほとんどが女性だ。年齢層も幅広く、独身者から小さな子どもを抱える人、親の介護に携わる人、様々な境遇の人が集まる。その共通点ともいえるのが、小倉織に魅せられて入社したということだろう。

企画生産管理部に在籍し、商品の企画、原価管理、流通など生産に関わる取りまとめ役をしながら、自ら商品デザインも行っているという松元由樹さん(50)も、小倉織の虜になった1人だ。
入社約3年とのことだが、小倉織との出会いは、その10年も前のことなのだとか。
当時東京に住んでいた松元さんは、新聞記事で銀座で小倉織の個展があることを知ったという。「地元小倉にそんな織物があったんだと、軽い気持ちで見に行ってみたんです。そこで出会った、築城先生の作品の色使い・縞の美しさに感動して、何時間も見入ってしまって。築城先生に声をかけていただいたのを今でもはっきりと覚えています」(松元さん)
その後、地元小倉に戻りアンティーク関係の仕事をしていた松元さんは、一人のファンとして小倉織を見守っていたそうだが、仕事時間や子育てのワークライフバランスに悩み転職を考えていた際に、小倉 縞縞本店でまた小倉織に巡り会うこととなる。「ここで働きたい!と思いました。当たってくだけろの思いで、メールで『履歴書を送ってもよろしいですか?』と問い合わせたんです。求人は出ていない時でしたけどね」と松元さん。 その後、渡部さん、築城氏と会うこととなり、13年前の小倉織との出会いから、思いの丈をぶつけた松元さんは、晴れて同社の一員となったという

広報と法人営業を担当する小川美里さん(40)も、渡部さんの懐の広さによって充実した日々を送っている一人だ。「以前から小倉 縞縞の名刺入れやバッグを愛用していて、デザインが素敵だなって思っていたんです。転職を考えるときに、自分がわくわくすることにしようと思い、伝統工芸に関わる仕事がしたいと思うようになりました」と小川さん。そんなときにたまたまネットで見つけたのが同社の販売員の求人だった。
「売り場スタッフの募集だったのですが私の履歴書を見た渡部さんから、『広報とか法人営業の仕事をしてみない?』と提案されたんです」と小川さん。
医療法人で、秘書や人事、労務など事務の中枢に関わる仕事をしてきた小川さん。渡部さんは、彼女の経歴や人当たりのよい人柄を見てこれまで自分や専務がこなしてきた広報的な業務を任せることにしたのだ。
「入社するときに、この会社で実現したいことを大小合わせて約30個書き出して、そのうちすでに11個叶えることができました。でも、叶えたいことが50個に増えてしまって(笑)」と語る小川さん。
この会社は、夢や目標を自ら発信し、それをさせてもらえる土壌がある。自己実現の場でもあるのだ。

「ウチには大きい会社のように特別な制度はないんです。育児や介護などいろんな事情を抱える社員がいる中で、みんなでフォローしあうという当たり前のことをやっているだけ」と謙遜する渡部さん。同社には、制度はなくても家族が支え合うように、社員同士が支え合うという風土があるのだ。

「社長はお母さんみたいな存在なんです。『今日はあの子体調悪そうだから、フォローしてあげてね』という言葉をいただいたり、出先からでも、私の帰宅時間を気にしていてくださったりと、こんなところまで目を配ってくださっているんだと思うことが多々あります」と小川さん。

株式会社小倉 縞縞は、渡部さんという母のような経糸(たていと)が、色々なカラーをもった社員という緯糸(よこいと)をしっかり受け止め、織られている。しなやかで、丈夫で凛とした、小倉織のような会社なのだ。

  • 企画生産管理部の松元さん。自らがデザインを手がけたステラ2Way bagは、同社の人気商品の一つとなっている

  • プロフェッショナルユースの道具やバッグを手掛けるARTISAN&ARTISTとコラボレーションしたスマートBackpack。機能性に優れ、ユーザビリティの高い仕様と、上質なレザーを使いながらも驚くほど軽くて柔らかい大人のためのバックパック

  • 広報・法人営業の小川さん。コラボ企画で「名探偵コナン君が縞柄の蝶ネクタイをつけてくれたことで、子どもたちに小倉織を知ってもらう機会となったことが嬉しい」と語る

地元に戻った小倉織
新たな歴史へ

2018年7月には専務が小倉織物製造株式会社を立ち上げ、これまで外部工場に委託していた生地の生産を自らの手で行うことにした。「生産の量やスピード、デザインなどにフレキシブルに対応するためなのですが、何より地元小倉で生地を織りたいという思いから、工場を立ち上げました」(渡部さん)

渡部さんの挑戦は、小倉織を広めることに留まらない。小倉織に携わる企業、個人事業主を会員に「小倉織協同組合」を立ち上げた。「小倉織を二度と途絶えさせないためにも、小倉織とはこういうものだという定義を決め、普及活動や模造品対策をしていきたいと思っています」

約80年ぶりに故郷小倉に戻ってきた小倉織が、新たな歴史を紡ぎはじめようとしている。

取材の帰路、北九州空港のラウンジで偶然にも小倉織のアートパネルと出会った。その名も「空海扇運」。凛とした縞を扇状に配したデザインは、空に広がる雲海のようでもあり、海波のようでもある。末広がりにも通ずるデザインは、きっとこの小倉織が日本中、世界中に広まってほしいという願いも込められているに違いない。

  • 小倉織の生地を使ったチェスターコートやシャツ。小倉 縞縞とデザイナーとのコラボレーションによるアパレル商品も展開。アパレル業界でも幅広く同社の生地が使われている

  • 小倉 縞縞本店にて渡部さん。ここから小倉織の新しい歴史が紡がれる

企画・取材・執筆・撮影・デザイン・コーディング/アトリエあふろ

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